大判例

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大阪高等裁判所 平成3年(行コ)49号 判決 1992年12月18日

控訴人

野村孜子

右訴訟代理人弁護士

丹羽雅雄

大川一夫

被控訴人

大阪府選挙管理委員会

右代表者委員長

前田進郎

右訴訟代理人弁護士

井上隆晴

右指定代理人

坂入冨士雄

外四名

主文

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人が控訴人に対し、平成元年七月三日付でした公文書非公開決定を取り消す。

三  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

(控訴人)

主文同旨の判決

(被控訴人)

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

第二  当事者の主張

次のとおり付加、訂正するほか、原判決事実摘示と同じであるからこれを引用する。

1  原判決四枚目裏七行目及び同五枚目表三行目の各「九条三項」をいずれも「九条三号」に改める。

2  同五枚目表四行目から五行目へかけての「不該当」の次に「等」を加える。

3  同六枚目裏七行目の次に行をかえて次のように加える。

「(四)(1) 仮に、本件において形式的に「明示の指示」があったとしても、問題の「報告書の公開に関する事務」は政治資金規正法自体によって既に公開を義務づけられた「収支報告書」という情報の「公開に関する事務」である。したがって、主務大臣等は、その公開につき指揮監督をするにしても、否定的・阻止的あるいはその公開性のレベルを下げる「指示」をすることはできない。

本件が憲法上保障された国民の「知る権利」に係わることからすると、右のような「指示」は、違憲、違法として無効である。

(2) 「知る権利」の重要性からして、公開除外事由の認定は公開によって被る損害が現実的かつ甚大な場合に限るべきである。本件では、行政当局の判断により、国民の「知る権利」が妨げられており、その妨害は憲法違反である。」

4  同八枚目表三行目の次に行をかえて次のように加える。

「7 控訴人の反論2(四)に対して

公開性のレベルを下げる「指示」をすることはできないとの主張を争う。また、公文書の公開を求める権利は、憲法上の「知る権利」から直接導き出されるものではなく、これを具体化する法令がなければ、公文書の公開請求権は存在しない。本件写しの交付の否定が「知る権利」の侵害となることはない。」

第三  証拠関係<省略>

理由

一請求原因1ないし4の各事実は当事者間に争いがない。

二1  大阪府公文書公開等条例(以下「本件条例」という。)は、その前文において、情報の公開が民主主義の活性化のために不可欠なものであること、大阪府が保有する情報は、本来は大阪府民のものであり、これを共有することにより、府民の生活と人権を守り、豊かな地域社会の形成に役立てるべきものであること、このような精神のもとに、大阪府の保有する情報は公開を原則とし、個人のプライバシーに関する情報は最大限に保護しつつ、公文書の公開等を求める権利を明らかにすることにより、「知る権利」の保障と個人の尊厳の確保に資するとともに、地方自治の健全な発展に寄与するためこの条例を制定すること等を宣言するとともに、その一条においては、本来条例の目的が、公文書の公開等に関し必要な事項を定め、公文書の公開並びに公文書の本人開示及び自己情報の訂正を求める権利を明らかにすることにより、大阪府民の府政への参加をより一層推進し、その公正な運営を確保し、府民の生活の保護及び利便の増進を図るとともに、個人の尊厳を確保し、もって府民の府政への信頼を深め、府民の福祉の増進に寄与することにある旨を定めている。一方、その八条は「(公開しないことができる公文書)」につき、その九条は「(公開してはならない公文書)」につき、それぞれ右の公開原則の適用が除外される場合のあることを定めている。

したがって、実施機関(その定義規定は、本件条例二条四項)である被控訴人は、右の各適用除外規定に当たる場合を除き、同条例二条一項の定義による公文書を公開する義務を負うものというべきである。

2  そして本件は、控訴人が本件収支報告書の写しの交付による公開の請求をしたのに対し、被控訴人において、右請求については、本件条例九条三号の「明示の指示」があるので同号が適用されるとの理由により、非公開決定(本件処分)をしたものである。よって、この点の当否について以下検討する。

三1  本件条例九条は、「実施機関は、次の各号のいずれかに該当する情報が記録されている公文書については、公文書の公開をしてはならない。」とし、その三号は、「法律又はこれに基づく政令の規定により知事その他の執行機関の権限に属する国等の事務に関して、主務大臣等から公にしてはならない旨の明示の指示がある情報」を挙げている。

2  政治資金規正法の適用を受ける政治団体が同法の規定により被控訴人に提出した収支報告書の写しの交付による公開に係わる事務(本件公開事務)は、いわゆる機関委任事務というべきである。この点についての当裁判所の判断は、原判決理由説示(原判決九枚目表二行目冒頭から同一〇枚目裏三行目末尾まで)と同じであるからこれを引用する。

四そこで問題は、本件公開事務につき、本件条例九条三号にいう「主務大臣等から公にしてはならない旨の明示の指示」があったものといえるか否かにある。

右の「明示の指示」が法律的に熟した概念といえるかどうかは問題である。しかし、本件条例九条三号の趣旨が、機関委任事務における主務大臣等(ここにいう「主務大臣等」は、都道府県選挙管理委員会についていえば、法令の規定により当該機関委任された事務を指揮監督する自治大臣、中央選挙管理会、農林水産大臣等を指すものと解される。)の指揮監督権を尊重しようとするにあることは、規定の文言から明らかであるけれども、既に述べた本件条例の目的等に照らすと、公開原則の適用除外事由として本件条例九条三号が「主務大臣等から公にしてはならない旨の明示の指示がある情報」と定めたのは、内容において一定の情報につきこれを公にしてはならないとする主務大臣等の指示であり、かつ、形式において主務大臣等の指示であることが客観的に明確である場合には、本来は府民のものであって公開が原則とされている公文書の公開等を求める権利(情報公開請求権)が、例外的に制限されることがあっても機関委任事務であることとの関係上止むを得ないとし、主務大臣等の指揮監督権と府民の情報公開請求権との調和を図ったものと解するのが相当である。したがって、「主務大臣等から公にしてはならない旨の明示の指示」は、上級庁からの下級庁に対する指示(ないし命令)であることが、内容・形式とも、文字どおり客観的に明確に示されていることを要するものというべきである。

本件においては、いまだ右の「主務大臣等から公にしてはならない旨の明示の指示」があったことを認めることはできない。

1  そもそも、政治資金規正法は、政治活動が国民の不断の監視と批判の下に行われるようにするため、政治資金の収支の公開その他同法の定める措置を講ずることにより、政治活動の公明と公正を確保し、民主政治の健全な発達に寄与することを目的としている(同法一条)。そして同法二一条二項は、政治団体から提出された収支報告書の閲覧につき定めているが、その写しの交付による公開については何ら触れるところがないから、少なくとも同法がこれを禁止しているものとみることはできない。

2(一)  ところで、本件条例の公布以前である昭和五四年五月二八日ころ、自治省選挙部政治資金課長は、自治資第一一号をもって、被控訴人を含む各都道府県選挙管理委員会書記長宛に、「政治資金規正法関係質疑集の送付について」と題し、「標記の件について別添のとおり取りまとめましたので送付します。」と付記した「政治資金規正法関係質疑集」なる文書を送付した。当該文書には「第二一条関係」として問の欄に「収支報告書等の閲覧において収支報告書等を複写機又は写真機により写すことはできるか。」、答の欄に「消極に解する。」とそれぞれ記載されていたが、その理由は示されていない(当事者間に争いがない事実及び<書証番号略>)。

(二)  次いで、本件条例の公布後である昭和六〇年五月二四日ころ、自治省選挙部政治資金課長は、事務連絡として、同様の文書を送付した。当該文書には「第二〇条、第二一条関係」として問の欄に「地方公共団体は条例に基づき次のことができるか。(中略)規正法において閲覧の対象としている収支報告書について写しの交付をすること(後略)」、答の欄に「いずれもできないと解する。」とそれぞれ記載されていたが、その理由は示されていない(当事者間に争いがない事実及び<書証番号略>)。

(三)  従来から、自治省は、機関委任事務等の運用上の法律問題等に関する個々の質問に対して「……と解する。」との表現の下に回答を示す形で自治省の意見・見解を明らかにするとともに、その質疑・回答を各都道府県に送付していた。政治資金規正法の運用についても、自治省選挙部政治資金課において「政治資金規正法関係質疑集」と題する文書を作成して、これを各都道府県選挙管理委員会に送付することにより、全国統一的な事務処理がなされるよう期待していた。控訴人からの収支報告書の写しの交付による公開が請求された当時、被控訴人の事務局主幹であった桝谷真一は、右請求後の平成元年六月、自治省選挙部政治資金課に対して、右の「政治資金規正法関係質疑集」と題する文書の送付が、機関委任事務における指揮監督権に基づく指示か否かを問い合わせたところ、同課はこれを積極に解する旨回答した(原審証人桝谷真一の供述、弁論の全趣旨)。

(四)  本件訴訟提起後の平成二年七月一一日付で、被控訴人の事務局長は、自治省選挙部政治資金課長宛に、「政治資金に関する収支報告書の写しの交付の取扱について」と題して、質疑集の送付という通知形式の位置付けについて及び同一内容の通知(質疑集)を行った趣旨について照会したところ、同課長から同月二一日付で、前者については、「政治資金規正法の収支報告等に関するいわゆる機関委任事務の運用解釈上生じる質疑のうち、全都道府県に共通する重要な事項については全国統一的な事務処理を図るため質疑集の形式で各都道府県選挙管理委員会に通知しており、これは指揮監督権を有する自治大臣が政治資金規正法の執行に関し必要と認め示したものである。」旨、後者については、「その後、多くの地方公共団体で情報公開の制度化への動きが生じてきたなかで、一部都道府県から情報公開条例との関係を問う照会があったことに対し回答したことから、先の通知の趣旨をさらに明確にするため通知したものである。」旨の回答が文書でなされた(<書証番号略>、原審証人桝谷真一の供述)。

3  以上の事実関係によれば、前記「政治資金規正法関係質疑集」と題する文書の各都道府県選挙管理委員会への送付により、本件条例九条三号にいう「主務大臣等から公にしてはならない旨の明示の指示」があったとすることはできない。

すなわち、一般に、指揮権を有する行政機関は、これに服する他の行政機関に対し、その指揮権に基づいて命令、告示等を発することができるとされており(国家行政組織法一二条ないし一四条)、同法一四条の訓令・通達の形式や発出の方法、手続については、一般的には特段の制限がない。しかし、被控訴人が、「主務大臣等から公にしてはならない旨の明示の指示」であると主張するものは、自治省選挙部政治資金課長から各都道府県選挙管理委員会書記長宛の前認定のような文書の送付である。そして、前記文書の発出者、表題、宛先、内容、表現形態等及び前記本件条例九条三号の趣旨からすると、前記2(三)、(四)のように自治省選挙部政治資金課長などが右文書の送付についてこれを指示と解すべきであると回答したにしても、右文書の送付は、各都道府県選挙管理委員会の執務の参考とするためのものにすぎないとみるのが相当である。なお、右文書の送付を、いわゆる「有権解釈」や「行政指導」等とみるべき余地があるにせよ、その法律的根拠は明確ではなく(法律的根拠に基づく「指示」には刑事訴訟法一九三条、漁業法六七条にいう「指示」がある。)、法律的根拠の有無を別としても、これらと本件条例にいう「主務大臣等から公にしてはならない旨の明示の指示」との間には自ずから差異があるといわざるを得ない。(ちなみに、自治省文書決裁規定〔昭和三九年八月一日自治省訓令第八号〕によれば、法令の質疑、解釈に対する回答の決裁権者・文書施行名義者は課長であり〔同別表1共通事務66〕、自治省行政局選挙部資金課における課長が決裁権者であるものは、「租税特別措置法第四一条の一五の規定による寄附金控除のための確認」(文書施行名義者は大臣)のみである〔同表2固有事務・行政局選挙部資金課6〕。)したがって、前記文書の送付は、本件条例の定める公開原則の適用除外事由の「主務大臣等から公にしてはならない旨の明示の指示」があるとするに十分なものとはいえない。

結局、本件公開事務の本質、内容に照らして客観的にその内容、形式についてみると、前記文書の送付は、主務大臣等がその指揮監督権に基づいてこれを公にしてはならない旨の指示をしたものである旨が明確に示されているものとするに足りず、本件においては他にこの点を首肯すべき資料もないのである。

そうすると、その余の点につき検討するまでもなく、本件収支報告書の写しの交付による公開の請求につき、本件条例九条三号の「明示の指示」があるので同号が適用されるとの理由でなされた本件処分は、同号の解釈適用を誤ったものとして、取消しを免れない。

五以上のとおりであるから、右と異なる原判決を取り消した上、控訴人の請求を認容することとし、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担として、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官仙田富士夫 裁判官前川鉄郎 裁判官渡邊壯)

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